子供は簡単に言葉を覚えるのに、大人になったら外国語の勉強に苦労する。一流のピアニストは、たいてい幼いときに本格的な音楽教育を受けている。こうした例は、子供の脳が持つ特殊な能力に関係するものだ。
一般に、子供の脳には周囲のさまざまな刺激に適応できる柔軟性があり、一定の年齢に達すると、その柔軟性が失われ、語学や音楽などの習得能力が落ちると考えられている。脳がこうした柔軟性を持つ時期は「臨界期」と呼ばれ、長ければ12歳頃まで続くとされている。
だが近年の研究で、大人になってからでも臨界期の活発な脳の働きを取り戻せることがわかってきている。その鍵を握るのは、遺伝子の活性制御に重要な役割を果たす「ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)」。脳に適応学習を終えるように命令を伝えているとされる酵素の一つで、その働きを止めることで脳を再び活性化できるという。
昨年、ハーバード大学の脳科学者、ヘンシュ貴雄らが行った実験では、このHDACに着目し、大人が「絶対音感」を身につけられるかが試された。絶対音感は大人になって習得するのがきわめて難しいとされ、一般に6歳以前に専門の音楽トレーニングを受ける必要があると考えられている。
この実験では、HDACの働きを阻害するバルプロ酸ナトリウム(一般に双極性障害の治療に用いられる)を一部の被験者に投与。その結果、バルプロ酸ナトリウムを投与された被験者は、そうでない被験者に比べて、絶対音感の高い習得度が見られたという。この結果について、他の研究者も「大人でも臨界期に戻れる可能性を示したもの」として高く評価する。
だが、脳が臨界期を終えるのは生物学的な必要性からきているともされる。そのため、一度閉じた扉を無理にこじ開けて、臨界期の脳を取り戻すことには、懸念する向きもある。
子供の頃の柔軟な脳を取り戻す研究はまだ始まったばかりだが、人が知識の限界値を超える日はすぐそこまで来ているのかもしれない。
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